増毛山道行Part2補足

この補足のページはPart2の武好旧駅逓跡前後への夏期、冬期のアプローチなどに関してです。
タイトル画像の地形図に振ってある番号と説明(参照画像があるものは別ページで画像が開きます)を参考にして下さい。
なお、地形図内の赤線はPart2で歩いたGPSのトラック図、ピンク線は今回歩いた暑寒別川から留知暑寒側を通る林道をアプローチとしたトラック図、6番から 始まる雄冬岳への稜線沿いに書かれているグリーンの点線は増毛山道を示しています。
*参照画像は見やすくするためにサイズが大きくなっているために読み込みに時間がかかるかもしれません。
 また、番号1の位置は左側の矢印位置に訂正致します。

(1)地形図番号1
昭和24年頃まで立っていた駅逓があった地点
*番号1は上の画像の番号が振ってある位置から左側の矢印の位置に訂正致します。

(2)地形図番号2と3
地形図番号3の地点には地形図に記載のない北に向かう林道「駅逓の沢林道」、地形図に記載のある林道「武好線」と書かれた表示板がある。
「駅逓の沢林道」は地形図番号2の地点までしか巡っていないために予想であるが、恐らく、等高線沿いに番号1の駅逓付近に突き上げる沢まであるのではないかと思います。なお、この林道は植生からみると、既に使われていなく徒歩以外での通行はできないと思われます。
*参照画像

(3)地形図番号4と5
山道から下山中にぶつかった地形図に記載のない林道で地形図番号4の地点が林道終点です。
無積雪期に旧駅逓跡を目指す場合は、この林道から沢を使うか伐採、植林の作業道跡を使う事で最短で到達できると思います。

(4)地形図番号6
旧駅逓跡と武好橋があった地点で、この先は電信柱はない(確認できなかった)。
なお、トラックは山道を離れて歩いている。これは橋のかかっていた方向から想像して進んだためで、山道は橋(沢)を渡ってすぐに西側の斜面に取り付き稜線に乗るようである。
地形図番号6から7に向かった稜線上に岩尾に向かう岩尾山道の分岐点があるのだが、今回は微妙に山道から外れた所を歩いたてめに見つける事ができなかった。
*参照画像

(5)地形図番号7
この地点の灌木に「増毛山道 安政年間創建 通行屋跡」と「増毛山道 逆川 梅花藻」の板が打ち付けてある。
後に暑寒荘の管理をしている増毛山岳会の五日市さんに聞いた所、山道が使われていた時代にこの付近に梅花藻の群生地があったとの事で、付近の沢を探してみたが 見つからず、とりあえず標識だけ取り付けたとの事でした。
なお、この地点から地形図に掲載のある林道まで太い林道が通っています。
*参照画像

(6)山道のトレースについて
増毛山道を忠実にトレースする場合、別苅から出発して地形図番号1の駅逓跡の地点までは稜線上に山道が走っているために山道から大きく外れる事は少ない。
また御内(631mのピーク)の少し別苅側から電信柱があるために、それを目標に歩く事ができる。
しかし、判然としない部分や電信柱のない長いブランクセクションもあるし天狗岳を越えてからはその電信柱も無くなる。
その場合は大正時代に測図された山道が記載された地図を参考にする事になるが、当時の地形図の精度と現在の地形図の精度は当然違う。
現在、私たちが登山に使っている地形図ですら等高線の入り方に間違いがある事も多いくらいだから、大正時代の測図の地形図には精度を求めても意味がないので山道の全体像を把握する程度の使い方しかできない。しかも当時の地形図は1/50000のために詳細を求め現在の1/25000の地形図を使うと悩む事になる。
特に積雪期に歩く場合は多くの山道の痕跡は雪の下のために限られた痕跡を繋いで歩く事になる。
そう言った場合、「植生を観察する事」と「自分が道を作るとしたらどう通すか」を考えると、おおよその山道跡を予想する事は可能である。
三度の増毛山道行(浜益側からも入れると5度)を通して解った事は山道跡をロストした時は植生を観察すると、だいたいの場合は山道跡にはダケカンバもしくは細い白樺がかたまって 生えている事が多いと言う事だ。
これから歩く方は是非、参考にして山道跡をロストした場合はカンバの木を探してみると良い。
*参考画像

*おまけの画像


2005/05/14記

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